広島大学メールマガジンでは、2か月に1度、メールマガジン限定のスペシャルコンテンツとして、あるテーマに焦点をあて、本学の実績や取り組んでいること、これからの挑戦等について、深掘りした特集号を配信します。


 今回の特集号では、文部科学省の「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」に採択された研究拠点「持続可能性に寄与するキラルノット超物質国際研究所(WPI-SKCM²)」(以下、キラルノット超物質研究所)の取り組みをご紹介します。

はじめに

 本学のキラルノット超物質研究所は、キラルノットの構造や性質を解明し、自然界には存在しない新たな「キラルノット超物質」を創り出す研究を進める、世界で唯一の研究拠点です。2022年には、文部科学省の「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」に採択されました。


 WPIは、文部科学省からの集中的な支援により、高度に国際化された研究環境と世界トップレベルの研究水準を誇る「目に見える研究拠点」の形成を目指す事業です。全国で18拠点が採択されており、中国・四国地方では本学のみが拠点を有しています。2031年度までの10年間で、70億円の配分が予定されています。

全国のWPI拠点

出典:世界トップレベル研究拠点プログラムHP(日本学術振興会)
※赤枠、赤字は本学で加工

WPI採択時のお知らせ記事はこちら


 2026年1月には、東広島キャンパスにキラルノット超物質研究を推進する新たな研究拠点施設「Science Knot(サイエンスノット)」が竣工し、同年3月27日に開所記念式典を開催しました。

開所記念式典でのテープカットの様子

 

 地上6階建て、最先端の研究設備を備えたこの建物は、アンダーワンルーフに世界中から100人規模の研究者、学生が集い、分野を超えた知の融合拠点となることが期待されます。

新たに竣工したScience Knot

 キラルノット超物質研究所で進む、人材育成の取り組みをご紹介します。

1.意外と身近な「キラルノット」

 「キラル」とは、右手と左手のように、鏡に映した像が元の像と重なり合わない性質のことをいいます。キラルな状態は身の回りのさまざまな箇所で見られ、ネジや将棋などが例として挙げられます。

 一方、「ノット」とは「結び目」(輪っか)を意味し、ひもを結んで出来る形のことを指します。輪ゴムは最も単純なノットですが、複数の輪が複雑に絡み合ったノットも存在します。

 「キラルノット」は、キラルの性質を持つ結び目を指します。水引やDNAの形を思い浮かべていただくと分かりやすいかもしれません。


「キラル」の例


 グルタミン酸と呼ばれる分子は生体組織を形作るタンパク質を構成するアミノ酸の一種で、キラルな性質を持っています。以下の図のように、化学的な組成(C₅H₉NO₄)は同じでも、鏡映しになった1対の分子が存在します。一方をL-型、もう一方をD-型と呼びます。両者は形は似ていますが、性質は大きく異なります。例えば、よく知られているうま味調味料はグルタミン酸ナトリウムを主成分としていますが、うま味の素はL-型のグルタミン酸です。D-型のグルタミン酸ではうま味が出ません。理由は、人間の舌にある味を感じるセンサーもキラルな性質を持っているからです。

キラルな性質を持つグルタミン酸

 リモネンという分子もキラルな性質を持っており、L-型、D-型があります。L-型はレモンの香りの素になっていて、リモネンという分子の名前の語源にもなっています。一方、D-型のリモネンの香りはレモンよりも松などに似ているようです。


 このように分子にはキラルなものがあり、L-型とD-型で性質が異なることがあります。実は生体を形作るたんぱく質を構成しているアミノ酸分子のほとんどがキラルな性質を持っています。結局、我々自身もキラルな存在といえそうです。


「キラルノット」の例


 アルツハイマー病の要因の一つは、アミロイドベータと呼ばれるペプチド分子(アミノ酸でできた鎖状の短い分子)が集まり、繊維化することです。この分子はノット状に絡まり、右巻きになったり左巻きになったりする、キラルな性質を持っています。この時、右巻きになるか、左巻きになるかによってペプチド分子の集まり具合が異なります。つまり、キラルな性質がアルツハイマー病の発現を左右するのです。このキラルな性質をより詳しく研究していくことで、アルツハイマー病の予防に繋がることが期待されています。

アルツハイマー病の要因の一つであるアミロイドベータ


「キラルノット超物質」の例


 キラルノット超物質は、これまでにない新しい性質を持つ物質です。キラルノット超物質を用いて開発された新たな超断熱材は、ほとんど熱を通さず、透明で、非常に安価に作成できるという性質を持っています。そのため、窓ガラスの代わりに使用したり従来の窓ガラスに塗装したりすることで、建築物の省エネを実現できると考えられています。

2.キラルノットの素養を身につける「未来共創科学国際プログラム」

 キラルノット超物質研究所では、研究活動に加え、世界的な研究者による大学院生や若手研究者への教育・人材育成にも力を注いでいます。


 その中核となる取り組みが、持続可能な社会を先導する人材の育成を目的とした、学際的・国際的な教育研究プログラム「未来共創科学国際プログラム」です。本学大学院の先進理工系科学研究科および統合生命科学研究科の学生を対象としており、数学、物理、化学、生物など、異なる分野を専門として学ぶ学生がともにプログラムを履修します。学生は、正規の教育課程に加えて、キラルノットの基礎的な知識や応用に必要な能力を体系的に学ぶことにより、分野融合的な視点を身に付けます。


「未来共創科学国際プログラム」に関わるキラルノット超物質研究所の教員(2026年4月現在)

 

 本プログラムでは、世界的に活躍する研究者が指導教員となり、国内外の研究者との交流を通じて、ハイレベルな教育を受けることができます。また、大学院の入学料・授業料支援、研究専念支援金やスタートアップ研究費の支給、海外研究機関への留学支援など、大学からの手厚い支援が用意されています。


 20264月時点で本プログラムの履修者は43人。日本人学生の他、インド、ベトナム、トルコ、パキスタン、ウクライナ、中国、イタリアなど、世界各地から学生が集まっています。


 本プログラムを履修しているパキスタン出身のZunera Javaidさんは、数学を専門としながら、さまざまな学問分野との融合によって生まれる新たな可能性に興味を持っています。キラルノット超物質研究所の研究者は、それぞれ多様な学術的背景を有していますが、キラルノットへの共通の関心を通じたコミュニティ意識が育まれていると言います。

Zunera Javaidさんの紹介記事はこちら

3.分野を越えて新たな価値を生み出す力を育てる

 「未来共創科学国際プログラム」の学生が日々研究活動を行うScience Knot の研究室は、仕切りのない広い空間で構成されています。異なる専門分野の仲間が隣り合って研究を進めることで、日常的なコミュニケーションから、分野融合的な視点での新たな発見や協働が生まれる工夫が施されています。

広い研究室で、ともに研究活動をする学生たち

(左)充実した環境のもと、研究に打ち込む若手研究者

(右)共用スペースでも異分野間の日常的な交流が進んでいます

 

 また、毎年開催するウインタースクールでは、異なる専門分野の学生からなるグループによるワークショップをメインに据えています。導入として、自らの専門とは異なる分野の基礎を学んだ後、それらを総合して新たなアイディアを創出し、最終日にはプレゼンテーションを行います。

ウインタースクールの写真

 

 このように、自身の専門分野にとどまらず、周辺分野への理解を深めることで、視野を広げ、他者と協働しながら新たな価値を生み出す力を養っています。将来は研究者としての道に進むだけでなく、企業などにおいても「キラルノット」の素養を持ち、分野横断的な視野とコミュニケーション能力を備えた人材として、産業界に貢献することが期待されます。


 さらに、キラルノット超物質研究所では、次世代を担う高校生に科学の魅力を伝えるため、高校への訪問授業にも取り組んでいます。キラルノットに関する最先端研究を分かりやすく説明する他、仮想空間でノットを体験できるVR(バーチャル・リアリティ)学習や、高性能な顕微鏡で目に見えない微細な粒子を観察する実験学習など、さまざまな方法で最先端の科学に触れる機会を提供しています。

2025年9月には島根県立浜田高等学校の高校生にキラルについて学んでもらいました

キラルノット超物質研究所HPはこちら

最後に

 Science Knotは産学連携拠点としての機能も備えています。本学の最先端研究と産業界の融合によるイノベーション創出を目的として、企業が入居できるオープンイノベーションラボ(オフィススペース7室、個室ラボ8室とオープンラボ8区画)を設けており、全23区画のうち、すでに半導体関連企業など3社(5区画)が入居しています。


 さらに、数億円規模の最新研究設備を導入し、学外との共同利用に向けた体制整備も進めています。特に、産学界において高い需要を有する原子分解能透過電子顕微鏡は、本学の放射光科学研究所が有する可視化技術と組み合わせることで、半導体、キラル超分子、磁性材料などの多岐にわたる分野において活躍が期待されています。

新たに導入された原子分解能透過電子顕微鏡


 大学と企業の連携を通じて、基礎研究から社会実装へとつながるイノベーションの推進に加え、他の入居企業、学生、研究者などさまざまな人たちと繋がる拠点となることを目指しています。

オープンイノベーションラボ入居企業募集の詳細はこちら


 Science Knot 1には本学学生が運営する「知るカフェ」がオープン。学生と企業の採用担当者らが交流し、学生が自身の将来を考える場として機能します。


 Science Knotを通じて、学内外の多様な知を融合し、次世代を担う人材と新たな価値の創出を推進していきます。

「知るカフェ」に集う学生たち

次号は、5月13日(水)頃に配信予定です!

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